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2011’05.14・Sat

伊豆大嶋 貞享の噴火と元禄地震

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伊豆国大嶋差出帳(寛延二年1749) 岡田古文書より

大嶋貞享の大噴火は天和四年(1684)子年の二月十六日夜より始まった。貞享を経て元禄三年まで七年間山焼きが続いた。この噴火で三度のお救い米がありました。天和四年には男一日米五合 女二合五勺 七十日分。貞享三年 同じく二百日分。貞享五年辰年 同じく百十日分

天和四年八月(4/2/21日に貞享に改元しているので正しくは貞享元年八月)新嶋村(元町)の津波被害 船六十艘余 人四人 家六十軒余 大嶋五ヶ村(現在の元町 岡田 泉津 差木地 野増 波浮は1800年開村)殊の外困窮し百両借入 元禄地震(16/11/22日夜)岡田村津波被害 船十八艘 人五十四人 他に流人二名 家五十八軒 元禄十四年小長様に大嶋に船入の湊が無い旨 報告されている(差出帳)その後

元禄十六年十一月二十二日夜の元禄地震で津波が押し寄せ差木地村南磯の波浮の池が海と繋がった...............

(波浮港は9世紀にマグマ水蒸気爆発で出来た火口湖といわれています。二子山山麓南西の側噴火 波浮港の爆裂火口 北北西のスリバチ火口が生じたN3b(野増層3.0)部層の上に神津島天上山噴火(838/7/29)の白い流紋岩質火山灰薄層が挟まれている。1800年上総国植畑村(君津市植畑)出身の秋廣平六が開削 波浮村を作った。 外海と繋がったことにより他の島々から江戸行きの船が日和待ちのため停泊するようになりました)チョモ
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