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2020’03.20・Fri

貞享の溶岩扇状地 長根岬を歩く

環境省 自然保護官の転出を祈念して皆でハイキング。 都道一周道路から「海ふる」に向かって150mほど下ったあたりから「貞享溶岩」の上を海まで車は走ることになります。  出典 産総研 川邉先生の火山地質図に一部加筆
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大島のことを忘れないでね。
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津波による「海あがり説」アジア航測 千葉達朗先生
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知らなかったー。今日最高の収穫。
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どうやって 四ツ車を運んだ。(川の沢は昔軽自動車が通れたそうです 1957/09/11 ?前後の大雨で土砂が堆積した後 通行不能)
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差木地・波浮から フノーの 荷積ん場まで 船で 荷物を運び 愛しいかたに会いに来る。 
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タブノキ 東京で3番目に太い幹周 740cm
三宅島845cm 奥多摩町807cm 福井県小浜市 小浜神社の九本ダモ 1075cm 山口市1000cm 石川県羽咋市982cm
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(以下3枚は リアルタイムの写真ではありません)
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出典 田附 克弘さん撮影   「環境省 伊豆諸島管理官が本省へ転出 お別れトレック」
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追記 平兵衛小屋の4輪車の件で情報提供をいただきました(04/27)。
大雨で川の沢が不通になったのは昭和57年 1982/09/11日前後のことで 降り始めからの総雨量が724mm? 測候所の人がそう言っていたように記憶しています。 裏砂漠の方はもっと降ったのでしょう。 今カルデラの砂がやっと満杯になって海岸への砂の 供給が始まったというのにやたらと砂防堰堤が つくられて砂浜の瘦せは止まりません。川の沢が海まで砂の斜面だったなどということを知る人も少ないと思います。

「川の沢」情報ありがとう。大宮沢が砂を供給する「砂ノ浜」について考えてみました。
治水 砂防の専門的知識はモデル化された知識 地域の個別 具体性を排除して共通事項を取り出した知識 一般論で行政 専門家が立案 施工する。大島の歴史的文脈 社会的背景 自然条件 例えば卓越風 南西の風 北東の風のような自然条件を加味しているとは考えられない。あるいは知りながら無視する。専門知と現場知を融合する必要がある。 とチョモは考えます。テラフと溶岩でできた火山島の中で砂浜 砂丘は貴重です。裏砂漠から運ばれた砂が古い海食崖を下るところにできたサンドスキー場 金剛沢と行者窟右のルンゼ(岩溝) 櫛の峰右側の左岸から運ばれる行者浜の砂 裏砂漠 表砂漠  砂ノ浜から繋がる アワイ浜 弘法浜 これら砂浜 砂丘の砂は相互に移動する。砂防堰堤・堆積工が砂で埋まり 満杯になれば砂の移動がおこる よかった 良かったと思いきや 様々な構造物が人間によって新たに作られ砂の移動を阻んでいる。「砂ノ浜」の痩せようは目を覆うばかり 高度成長期に財産区が砂の浜の海砂を建材用に採取し販売した。天神丸 高取丸 八州丸 等のポンプ船 ガット船で大量に海砂を採取し運搬 海岸線の変形 護岸崩壊などの弊害が出た。海底から砂をさらった上に 加えて山からの砂の供給を構造物が阻む。 やがては大宮橋迂回道路の新しい橋脚も浸食されてしまう と思うのは考えすぎでしょうか。漁業者にとって山砂が海に流れ込むのは迷惑であることも承知の上で書いています。 風速25m以上の「裏砂漠」をバッタ バッタと風に倒されながら歩行すると 地表1mのスコリア シルトの砂礫の帯が風下に移動するのが垣間見できます。斜面を駆け上がるのがわかります。写真も撮れない すごい光景です。多摩川の支流の土手近くに住む友人が嘆いていたのを急に思い出しました。支流は多摩川本流に合流し海に注ぐ。支流に堰堤があって 「通し回遊」する魚が海と川を行き来できない。生まれたところと成長するところが違う生物がいて 海と川の両方を利用して一生を完結する生き物にとって  海と川の繋がりが失われると一生を全うできない。。 遡河回遊のサケ ウグイ 降河回遊のウナギ 両側回遊のアユ等が河川の構造物で海と川の移動を阻まれる と。砂礫も最終は「海」へ戻る。スコリア シルト 粘土がウナギであったりサケであったりする。砂礫は流水のほかに卓越風で島を北東 南西に行き来して海に運ばれる。過度の「砂防堰堤」「堆積工」は「砂ノ浜」を壊すことになると考えるのは素人考えでしょうか。「通し回遊」につきましては中央大学 法学部 生物学の海部 健三教授の お話を参考にさせていただきました。
砂防工事説明会
(チョモ)



浸食がすすむ砂ノ浜
2砂ノ浜
やがて この橋脚も...
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ウミガメも産卵場所の選定に苦慮しています
3砂ノ浜
出典 「火山 伊豆大島スケッチ」 著者 田澤堅太郎  発行所 之潮   販売 藤井工房 2,315円+税
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