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2018’08.27・Mon

古文書研究会

安永噴火を記録した史料の一つに「大島山火記」がある。08/25日から勉強に入りました。 3/20ページを紹介いたします。
この噴火Y1は 安永六年七月二十九日(1777/08/31)に始まり寛政四年(1792)頃まで続いたそうです。1700-1750年前のカルデラ形成以降の12回の大規模噴火のうちでN4 N1噴火に次ぐ大きなものであり噴出した溶岩と降下火砕物は東海岸に達しました。都立大島公園の動物園の台地をつくりました。「赤だれ」のアア溶岩も地層大切断面上部まで流出しました。
気象庁「伊豆大島 有史以降の火山活動」の噴火経緯と「大島山火記」との整合性にワクワクする思いです。解読にリキが入ります。勉強会は月1回北の山公民館 土曜日13:30~16:00 6名が参加しています(問い合わせ 岩崎薫 090-2247-5998)

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御洞(三原の語源?) 火山毛(ペレーの毛) かなくそ.... 八月十九日(1777/09/20) 韮山代官 江川英征から勘定所への第一報は 噴火から21日後
餘程廣場所ニて草木一切無御座 小石交之砂土山ニ候處 當七月廿九日暮時 地中より火燃出 ( よほどひろい場所にて草木いっさいござなく 小石まじりのさどやまにそうろうところ とう七月二十九日暮時 地中より火燃えいで) 噴火が始まったのは  和暦で七月廿九日暮時 (1777/08/31日暮時)大島の08/31の日の入りは18:11分 空が黄昏ている頃に噴火が始まった。
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マグマ噴出量は0.2DREK㎥  VEI 4
DRE はDense Rock Equivalent 噴出物の量を 噴出量(見かけK㎥)とマグマ噴出量(DRE k㎥)で示します。噴火による堆積物はマグマに起源をもつ「本質物質」と既存の山体や基盤岩が破砕放出された「類質物質・外来物質」から構成されます。それらのうちの本質物質の量がDREです。

VEI はVolcanic Explosivity Index 火山爆発指数 VEIは0から8まで 噴出物の量が VEI 0は<10,000㎥ VEI 4は >0.1k㎥ 1億㎥噴出量6.5億トンの大規模噴火(大噴火)

×流失⇒〇流出
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安永噴火の溶岩流出は3回
①1778/04/21(安永七年三月十九日)泉津地区の葉地釜(波治加麻神社付近)のわずか上流まで達した
②1778/11/06(安永七年九月十八日)火口から南西方に流れた溶岩が野増村、間伏間の赤沢に流れ込んで地層大切断面上部 停まった
③1778/11/15(安永七年九月二十七日)三原山火口から北東の方向に溶岩が流れ外輪山との間の火口原の北半を埋め東に向 かって流下し海に達した。
(チョモ)
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